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幻の調香師(ロン・ウィネグラッド)


Arturo Gatti (April 15, 1972 ~ July 11, 2009)
 
昔、ボクシングにのめり込んだ時期がある。数多くの世界チャンピオンを指導してきたヘクター・ロカが、私の三人目にして最後のトレーナーだった。昨年非業の死を遂げてしまったが、ヘクター・ロカが心魂を注いで育て上げた元世界王者のアーツロ・ガッティもまだ駆け出しのプロ、無邪気な少年っぽさが残っていたことをよく覚えている。当時私の二人目のトレーナは、ジージョというヘクター・ロカと同じパナマ出身の小太りのオッサン、数年前に母国コロンビアでピストルで撃たれ死亡した元世界J・フェザー級王者アガピート・サンチェスがジージョの自慢のファイターだった。ある朝のことだ、いつも時間に遅れてやってくるジージョを待ちながら自主トレをしていると、ロカがミットを構えて近づきながら、『おい、ノビ、打ってこい」と言ってきた。その翌日ジムに行くと、「時間にルーズなジージョはお払い箱にしろ。今日からお前のトレーナーは俺だ。」と、ロカは言い、私がボクシングを止めるまでの三年間、毎日二時間一対一でトレーニングに付き合ってくれた。良い思い出なだけでなく貴重な体験だったと今でも彼に感謝している。並外れた才能を発掘しては、それを世界の頂点まで引き上げていくということを幾度も繰り返すことができる指導者というのは、たとえ人格者というものには程遠いにせよ、人間として一味も二味も違う魅力にあふれていることをつくづくと感じた。ズル賢かろうが、イヤラシかろうが、そういった諸々のことを差し引いても十分に余りある魅力を持っていた。前置きが長くなってしまったが、ボクシングを止めた直後に香水の世界に迷い込んだためだろう、香水の世界をボクシングに喩える傾向があることを勘弁してほしい。先週、香水に関わるある出来事がきっかけとなり、「恩師」ヘクター・ロカのことを思い出したのだ。

以前にこのブログにおいて述べたこともあるが、調香師養成機関の最高峰といわれるヴェルサイユのイジプカ(ISIPCA)を卒業し、運良くジボダン、フィルメニッヒ、あるいはインターナショナル・フレバー・アンド・フレグランスに入社できたとしても、すぐに調香師として仕事が始められるわけではない。イジプカでの教育は下準備程度のものであり、本当のトレーニングは香料会社に入ってから数年に渡って行われる。香料会社でのトレーニングを終えてようやく「ジュニア・パフューマー」という肩書きがもらえるのだから、調香師になるための道のりは険しくて長い。ボクシングに喩えるなら、イジプカを卒業した時点ではまだアマチュアのレベルであり、技術、精神力、体力すべての面で即戦力のある調香師には程遠い。では、真の調香師はどのようにして誕生するのだろうか。インターナショナル・フレバー・アンド・フレグランスの調香師養成学校は、歴史のあるジボダンの調香師養成学校と並び称されている。イジプカを卒業後このインターナショナル・フレバー・アンド・フレグランスの調香師養成学校を終了し、今後が期待される非常にガッツのある日本人若手女性調香師もいる。インターナショナル・フレバー・アンド・フレグランスの調香師養成学校の「校長先生」は、名調香師ジャン クロード・エレナとはジボダン時代からの親友であり、現役の調香師だった時代には、ドル箱ブランドとなったアルマーニとケンゾーのそれぞれの記念すべき最初の香水を手掛けている。ロン・ウィネグラッドというアメリカ人の調香師の名前は日本では全く知られていないだろうし、欧米でも香水業界においてしか知られていない名前だ。ロン・ウィネグラッドにどのようなことから指導者になったのかを尋ねたことがあるが、競争することに疲れてしまったのと、ものを教えるということに魅力を感じたからだと言っていた。ロン・ウィネグラッドは、父親がプロボクサーのマネージャーだったことから、幼少のころはボクサー達に子守りをしてもらっていたという変わった環境で育ってきた人物である。ウィネグラッドの厳しい指導方法が、インターナショナル・フレバー・アンド・フレグランス社内で論議になることもあるようだが、調香師という仕事が少数にしか与えられない天職だとすれば、2、3年の「猛特訓」に耐えられないようで調香師になる資格があろうのだろうかとも思う。世界的な企業の人材教育方針としてスパルタ教育がふさわしいのかという批判も理解はできるが、ウィネグラッド流の生徒を打ち砕いたところから教育が始まるという方法論によって育て上げられた若手調香師達が、卒業後一年目からインターナショナル・フレバー・アンド・フレグランスの売り上げにいかに大きな貢献をしているかという事実をみれば、ロン・ウィネグラッドの即戦力養成メソッドの威力を否定することはできない。

将来優れた調香師になるだろうと思い、数年前に私がインターナショナル・フレバー・アンド・フレグランスに推薦した若者がいた。調香師になる前提でインターナショナル・フレバー・アンド・フレグランス社に入社することができ、昨年から同社の調香師養成学校で勉強をしていたが、ロン・ウィネグラッドの指導の厳しさに耐えられなくなったのだろうか、卒業をすることのないまま先日インターナショナル・フレバー・アンド・フレグランス社から去っていった。『こいつは才能がある』と思った若者の体力と技量の将来性はある程度推し量ることができるが、精神力というものはなかなか見極めることが難しい。私の育った時代には、何かを極めようと思ったら、指導者から罵倒され屑のように扱われて初めてものを学べるものだと信じていた。ジボダン、フィルメニッヒ、インターナショナル・フレバー・アンド・フレグランスと言ったトップの香料企業において『調香師』を名乗るためには並外れた技量があるのは当たり前のこと、その上に同等の忍耐力と図太さが無くては生き残っていけない。学校で挫けてしまうようでは、実社会ではとても生き残っていけないということだ。

未来の調香師のスポットに一つ空席ができたわけだ。調香師になるのが夢なら、頑張ってこのスポットを埋めてみては?

トラッシーでセレブな土曜日

Scarlett Johansson's Hollywood Hills home

当ブログでは、放浪無頼の大工Gero氏の投稿を楽しみにされている欧米の方が多く、わたしの好き勝手な投稿が続くと熱心な方々から苦情のメールを頂いてしまうが、そんなことを恐れずにまた俗っぽいネタをひとつ…

我が零細企業の商品に100%LOVEという香水があるが、それを愛用しているという(ある店員の話であり、事実は確認されていない)女優スカーレット・ヨハンソンのハリウッドヒルズにある家が、一週間程前から売りに出されている。価格は495万ドルだが、ヨハンソンは3年前にこの家を700万ドルで購入している… 美貌と名声、パーフェクトなように見えても、こういう部分でちょっと失敗したりするところがカワイイ。

スカーレット・ヨハンソン邸のバスルームやベッドルームに興味がある方は、リスティング・エージェントのホームページを御覧あれ。

Emerging Architect

There will be no posts by Gero this week, who is engaged in rush work and at the site the whole week. While he is away from his computer, I will feature, Katsutoshi Sasaki, a still unknown young architect based in Toyota (The home of Toyota Motor Corporation).

Born in 1976, after working for Norisada Maeda for a few years, Katsutoshi Sasaki has designed some interesting houses and buildings. I feel his work deserves some attention and am happy to show a few examples of his work this week.

Tyson/タイソン

今週は忙しかったので、建築本“Strike a Pose” 第三章のレヴューはお休み。そのかわり、昔々、安藤忠雄氏に初めてお会いした頃、建築を「生きるか死ぬか」という表現で話されていたことをふと思い出したので、今日から全米で公開されるマイク・タイソンのドキュメンタリーフィルムのムービートレイラーを御紹介。残念ながらここにあるものは、米国でしか見ることのできない設定になっているので、この映画に興味のある方は、映画のオフィシャルサイトを御覧あれ。

A long time ago, Tadao Ando once told me about a similarity between boxing and architecture. He was a young (I was like a kid still…) and extremely intense man with a threatening gaze. Basically Ando was trying to tell me that one needs to approach architecture like its do or die… heww, what a view on architecture.

I had no interest in martial arts of any kind around that time, but was intrigued by a nineteen year old kid named Mike Tyson that I saw on TV one day. I started to follow his every fight on TV. This documentary film which opens today shows many clips from that time as well as some people like Teddy Atlas, Mitch “Blood” Green I got to know later at the gym in Brooklyn.

Tyson was AWESOME. So was Ando… but I am having a hard time finding any commonality between boxing and architecture.