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our profession is based on the notion of secrecy

エバリュエーターについて

香水のエバリュエーターとは、どういう仕事をする人達なのだろう。

調香師同様に、世界のトップクラスのエバリュエーターのほとんどは、三大香料会社に所属している。調香師をアーティストに喩えるなら、エバリュエーターというのはアートディーラーかギャラリーである。エバリュエーターと調香師達が所属している香料会社というのは、アートの世界全体に喩えればよいだろう。ここで言うアートとは、古典やモダンアートは含まず、『現代』アートに限った喩え話だということをことわっておこう。フィルメニッヒとジボダンが、それぞれヨーロッパの現代アートの世界で、IFFはニューヨークのアート界ということにでもしよう。ロレアル、コティ、LVMHなどの抱える様々な有名香水ブランドのひとつひとつはアート作品を購入することが趣味のアートコレクター達だと思ってもらえばよい。

現代アートの世界では、アートディーラーやギャラリーに無しでは、アーティストの作品の価値が云々されることはない。いくらアーティストに才能があろうと、所属するギャラリーが無い状態では、世間にそのアーティストの作品に価値があるとは思ってもらえないのだ。いわゆるアートコレクターという人間は、アートディーラーやギャラリーが推薦するから作品を買うのであり、アートコレクター自身がギャラリーに属していないアーティストを探すというようなことは決してあり得ない。アーティストというのは、アートディーラーやギャラリーが認めてくれて初めて「作品」という商品を創れるわけだ。

アートディーラー、ギャラリーという比喩から、エバリュエーターという謎めいた仕事を少しおわかりいただけただろうか? ほとんど知られていない存在かもしれないが、調香師の才能を生かすも殺すもエバリュエーターの腕次第ということが想像できると思う。世界的な調香師であっても、エバリュエーターの助け無くしてヒット作品をつくることのできる調香師はほとんどいない。たとえ天才といわれる調香師が手掛ける香水でも、エバリュエーターがその才能を最大限に引き出し、エバリュエーターがクライアントの有名ブランドにその香りの良さ強くアピールした上で、初めて世界的に売れる香水が誕生する。エバリュエーターというのは縁の下の力持ちであるだけでなく、調香師の才能を操る名手であり、香水のトレンドを的確に予測する才能も持ち合わせている。当然のことながら、一流のエバリュエーター嗅覚力は、調香師と同等かそれ以上になってくる。

専属の調香師を抱えているゲランには、当然ゲラン専属のエバリュエーターが存在している。もしティエリー・ワッサーがこの先良い香水をつくり出せないとしたら、私としてはエバリュエーターの才能が充分でないとしか思わざるを得ない。

私の知る限り、現在エバリュエーターを必要としない調香師はジャック・キャバリエぐらいだ。彼は、エバリュエーターと調香師の両方を兼ね備えた珍しいタイプの調香師である。

世界レベルの調香師

最近香水関連の話を久しぶりに投稿した際、ある方から頂いたコメントの一部にこのような質問があった。

『日本にいる調香師が、世界的に知られている調香師に負けず劣らずの香水がつくれるのだろうか。』

答えは、Yes and No。一言では答えられない厄介な質問だが、私の答えとしては以下のようなことになる。

現在の香水の良し悪しの基準というのは、欧米のマーケットを中心にできあがっている。有名ブランドの香水の大半が、ニューヨークとパリにいる三大香料会社の調香師達によってつくられているという事実があるからだ。いくつもの香水ブランドを保有しているエスティローダーが、所有している或るブランドの香水をつくる場合を例にとってみると、エスティローダー社の香水開発チームは、ジボダン、フィルメニッヒ、IFF三社のいづれかに香りの依頼をする「しきたり」になっている。世界第4位のシムライズとその後に続く高砂香料にエスティローダーの香水開発プロジェクトがまわってくるという可能性は皆無に等しい。世界最大の化粧品企業のロレアルの場合は、シムライズにも新製品開発と製造の依頼をする場合があるが、他の三社に比べ有名調香師の数が少ないシムライズにお鉢がまわってくる機会は当然限られてくる。優秀な調香師達が、ジボダン、フィルメニッヒ、IFFにのみ就職を希望する背景のひとつにはこういう理由があるわけだ。非常に閉鎖的なシステムの中から有名な香水ブランドの新作が生まれてくることを理解いただけたと思う。優れた香水の基準というのはこのような状況の中で確立されているので、蚊帳の外にいるものがいくら努力しても暖簾に腕押しということになるのも当然だ。残念だが、先の質問に対しては「No」としか言いようがない…

しかし、アメリカに長く住んでいるからだろうか、逆境を想像すると “anything is possible” という気持ちが湧いてくる。日本の『xx香料』に類い稀な嗅覚力を持ち、香料に対するセンスが抜群の調香師がいたとしよう。日本にいるので仕事で香水をつくる機会は無いが、ローションからシャンプーの香りにいたるまで何でも一生懸命の仕事をこなしている。この日本にいるこの調香師が、仮に世界のトップクラスのエヴァリュエーターと出会い、時間を掛けて(経験がないので当然そうなる)そのエヴァリュエーターが求めている香りをつくれたとすれば、ディオールの新作の調香師に起用されるということも夢ではないかもしれない。あり得ないような仮説ではあるが、こんなことでも起きてくれないと同じ日本人としては少し寂しい。こういうようなことが起きるかもしれないという気持ちで相変わらずブログを続けているのかもしれない。