最近の香水の価格というのも、ニッチフレグランスの台頭のお陰でとんでもない事になってきました。ニッチフレグランスのブランドをいくつかライセンス化し、その開発に関わっているという意味では、私自身その混乱と価格高騰の片棒を担いでいるのかもしれません。現在関わっているブランドの一つアラボオンファイヤーは、そもそもは一流の調香師が自由に創った香水を、可能な限り手頃な価格にして世に送り出したいという気持ちから生まれたブランドだったのですが、7年経った現在では(不本意ながら?)随分と違うものに変化してしまいました。当初アメリカ国内だけで販売していた頃は小売価格が60ドルだったものが、販売路をヨーロッパ、ロシア、中近東と広げて行くにつれてその価格が90ドルから110ドルにまで上り、最終的にブランドをライセンス化して商品がアメリカ製からフランス製に変わった結果、小売価格が125ドル(ヨーロッパでは110ユーロ)にまでなったのです。価格の上昇はこれで終了したと思っていたのですが、いろいろと特殊な法規制があるせいなのでしょうか、日本の店頭に並べられたものは180ドル近くになっているようです。アラボオンファイヤーは、イタリアのヴェニスを本拠にする香水と化粧品専門の流通業者がその商品を全世界に輸出販売しているのですが、日本での価格が高すぎることに不服を述べたところ、日本はニッチフレグランスの流通が確立されていないので仕方が無いのだということでした。そんなものなのでしょうかねぇ‥

他の業種のことはよく知りませんが、香水は流通される間に取られるマージンがかなり大きい商品だというふうに感じています。仮に花子というアメリカの香水ブランドが、世界中でオード花子という香水を100ドルまたは100ユーロの小売価格で販売する計画を立てたとします(商品の生産地をアメリカにする為に便宜上アメリカのブランドにしました)。アメリカ国内では、花子ブランドが直にデパートや商店と取引したとしましょう。お店の仕入れ値は通常小売価格の50%ですが、高級デパートは40%を要求してくる場合がある上に、店員達への心付けやらカタログ代、各都市の支店での店員のトレーニングに出張する費用(航空費やホテル代)などとかなりの出費があります。しかしながらアメリカ国内では流通業者に取られるマージンが無いので、大雑把に言って商品一つに当り35ドルから50ドルの収益になるわけです。ニッチフレグランスの場合は、平均的に言って1商品の生産コストが5ドルから10ドルでしょうから、生産コストが10ドルの場合花子ブランドの1商品当りの利益は、40ドルから35ドルぐらいでしょう。尚ここでは、オフィス並びに倉庫の家賃や宣伝などの販促費は除外した話をしている事を断っておきます。

さて、このオード花子をヨーロッパで販売するためにそれぞれの地域の流通業者に商品を卸す場合はかなり事情が変わってきます。アメリカで100ドルで売られているものは、レートの変化は考慮せずに単純に100ユーロに設定する流通業者が多いようですが、業者が通常要求してくる香水一つ当りの購入価格はアメリカでの小売価格の20%前後です。知られていない小さなブランドだと16%前後を要求される場合もあるようです。もし20%なら、花子ブランドがオード花子一つから得る収益は20ドルですから、1商品の生産コストが10ドルなら1商品当りの利益は10ドルになってしまうわけです。利益率から言うとこれでもまだ悪くないのかもしれませんが、香水を製造している花子ブランドには一瓶100ユーロもする高級品(?)を創っていると言う感覚が希薄になり、もっと数をさばくことの方が重要になっても不思議はないのでしょう。

少し話が外れてしまいますが、今時ニッチフレグランスで小売価格100ドルというのは、容量が50mlのものであれば良心的な値段ではあるようです。細かい話はまた別の機会にすることにしますが、生産コストが10ドルの香水の中で占めるジュース(香水の液体)の値段というのは1ドル半にも満たないのが普通です。消費者は目に見えない香りというものに高いお金を払っているのだと思いがちかもしれませんが、支払う代金は商品がお店の棚に並べられまでに通過した、見えないし香りもしない様々のサービスや税金に大半の部分を取られているのです。

ニッチフレグランスの場合は、年間に平均2000個売れたら成功した商品と言えるでしょう。十何種類の香水を用意しているブランドでもその半分の商品が「成功」しているということは珍しいでしょうから、一般的に言ってニッチフレグランスはビジネスとしては成り立っていないブランドが多いのが現状です。たくさん売れないなら利幅を出来るだけ大きくしようとする気持ちも反映されて、一つ数百ドルもするような香水がどんどんと増えてきているのかもしれません。ニッチフレグランスはビジネスとしては成り立ちにくいのですが、ブランドオーナーの多くは元々働かないでも悠々自適の生活をエンジョイ出来る人達(アメリカで言うトラスト ファンド キッズに似た)なので、赤字のままでも全く問題が無いという場合が多いようです。むしろ自分の名前を冠するブランドを持ったという満足感と、何かクリエイティブなことをやっているという誇りを持てることが重要なのだと思います。ルラボの設立者の二人のように、小さなアパートで共同生活をしながら生活費をぎりぎりまで切り詰めてブランドを立ち上げる資金を貯めたというような例は、ニッチフレグランスの世界では非常に稀なことです。しかしそれだけでは、お店まで開くことは無理だったはずですが、何十人もの知り合いからの友情出資によってそれが可能だったことも付け加えておきましょう。ルラボが設立後10年間猛進し、日本円にして約60億円でブランドをエスティ ローダーに売却出来たというのは、本物のサクセスストーリーと言うに相応しいでしょう。こういう話もファッションだと一桁違う額になるでしょうから、香水のビジネスはファッションに較べると随分スケールが小さいことがお分かり頂けるかと思います。

まとまりの無い話になってしまいましたが、個人的には本来なら200ドルするような香水を、如何にしてその半値以下で提供するかというようなことを考えるのが好きな為に、いろいろとお金の話になってしまいました。

(冒頭の写真はこの記事とは全く関係がありませんが、私の関わっているアラボオンファイヤーの新作Hossegorに因んで、オスゴーの松林の写真をアップしました。)

Written by:

A sculptor living in New York

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