同じアジア系だということから、身内のように親しく付き合っているロク・ドングという調香師がいる。現在、最も世界的に活躍しているこの若手調香師は、アジア系の調香師としては初のメジャープレーヤーだ。アルマーニからカルバン・クラインに至るまで、有名ブランドのビッグプロジェクトには必ずといっていい程、ロク・ドングの名前が指名候補として挙がってくる。その才能はジャック・キャバリエの若い頃と比較されることもあるが、典型的なフランス人の調香師と比較するには、彼の人物像やバックグラウンドは余りにも違い過ぎる。

幼少の頃にベトナムからボートピープルとしてアメリカに流れ着き、ニュージャージー州ニューアークのラフな環境(彼が高校生だった80年代後半は、カージャック犯罪の発生率が世界一という悪名の高い場所だったのを思い出す。)の中で育った。夢も大きいが、非常に現実的でハングリーな男だ。結婚する前はポルシェ、BMWなどと数台の車を乗り回していたが、結婚すると所有する車を一台だけにし、かわりに賃貸用アパートのビルを丸ごと購入するようなしっかり者。彼のものを値切る事の上手さに舌を巻いてしまうことがある。ロク・ドングの調香師としての唯一の弱点は、そのうち調香師を止めて全く関係の無いビジネスでも始めるのではないだろうかと思わせるようなところだ。ひとつの型には収まりきらないようなスケールの男なのかもしれない。

昨年の暮れに、ロク・ドングが奥さんと子供達を引き連れて遊びに来た。最近、その時に彼が言っていた事を思い出したら、それが頭から離れない… シャンプーを5ドルで売って商売になるのなら、香水も同じぐらいの値段で売れるはずだ。今まで、誰もそれをやろうとしたことがないというのは少しおかしいのではないか? つまり、シャネルに劣らないような高品質な香りを5ドルぐらいで提供することにより、新しい香水のマーケットが誕生するというのが彼の考えていることらしい。

現在市場に出回っている香水の数多くは、もはや付加価値などないのも同然だとすれば、香水が高価なものだというイメージを維持するための悪あがきをするよりも、ロク・ドングの言うように『切り捨てる』方向で香水の将来を考えた方が良いのかもしれない。

ロク・ドングのポートレート(撮影:渡邉肇)

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A sculptor living in New York

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